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1 村山大島紬(むらやまおおしまつむぎ)

1 村山大島紬(むらやまおおしまつむぎ)
主な製造地
武蔵村山市、瑞穂町、昭島市
指定年月日
昭和57年12月24日
昭和50年2月17日(国)
伝統的な技術・技法
  1. 先染めの平織りとする。
  2. 絣糸は、経糸(たていと)及び緯糸(よこいと)に用いる。
  3. 経糸の絣と緯糸の絣とを、手作業により柄合わせし、絣模様を織り出す。
  4. 絣糸の染色法は、板締めによる。
伝統的に使用されてきた原材料
生糸
沿革と特徴

江戸の元禄期(1688−1704)には縞模様の木綿織物が織られはじめ、文化期(1804−1818)には村山絣が創設されました。もともとは、縞も絣も南蛮貿易によって日本に入ってきた、南方系の木綿織物の柄であるといいます。「縞」とは2色以上の色糸で、経(たて)や横(よこ)にもろもろ種々の筋を現したものであり、「絣」とは所々かすったように模様を織り出したもののことであります。

それらは江戸時代の町人や農民の手によって育てられ、磨かれていきました。

村山産地の木綿縞から村山絣への移り変わりは、木綿織物技術の発達とともに江戸町人文化の発展を背景にしているということができましょう。

しかし、明治中期以降、他産地で低価格の木綿絣(染絣)が生産されるようになり、また日露戦争後には、絹織物の需要が高まるようになったことから、百年に及ぶ隆盛を誇った村山紬も転換期を迎えました。

村山産地では明治中期から太織縞、黒紬、縞銘仙等の生産が行われていました。この絹織物の技法と長年培ってきた高度な生産技術を基礎に、新しい銘仙の開発が行われました。

その後先進地であった伊勢崎(群馬県)から板締(いたじめ)染色、絣板の製造、経巻(たてまき)等の技術導入が実現し、村山産地の織物は木綿絣から絹織物の大島紬へと大きく転換していきました。

そして、今日の村山大島紬の基礎が確立しました。

連絡先
産地組合名村山織物協同組合
所在地〒208-0004 武蔵村山市本町2−2−1
電話042(560)0031
ホームページhttp://www10.ocn.ne.jp/~murayama/
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