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14 東京額縁(とうきょうがくぶち)

14 東京額縁(とうきょうがくぶち)
主な製造地
台東区、豊島区、荒川区ほか
指定年月日
昭和57年12月24日
伝統的な技術・技法
  1. 和額及び洋額とも、外縁などの留接ぎは、クサビ、千切で補強する。
  2. 和額の仕上げは、@塗り仕上げにあっては、精製漆の手塗りとし、A箔仕上げにあっては、箔下うるし塗りのうえ箔押しをし、B木地仕上げにあっては、砥の粉引きのうえ、ろう磨き(原文は「ろう」は漢字)とする。
  3. 洋額にあっては、天然木材の直彫りとし、飾型については雌型による押しつけとし、箔下うるし塗りのうえ、箔押しをする。
伝統的に使用されてきた原材料
木地は、スギ、ヒノキ、サクラ、ホオノキ又はこれらと同等の材質を有する用材とする。
漆は、天然漆とする。
箔は、金箔、銀箔とする。
沿革と特徴

日本では昔から、生活空間を彩る屏風形式の絵画が愛好されてきました。

現存する古いものでは、正倉院の「鳥毛立女屏風」があります。室町時代、足利義政の時代には豪華な金地の屏風絵が普及しました。織豊時代に開花した桃山文化では、狩野永徳による雄大華麗な「唐獅子図屏風」があります。また江戸の元禄期(1688−1704)には、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」などがあります。

日本で額縁が本格的につくられるようになるのは明治時代を迎え欧米文化の摂取の中で洋画(油絵)の技術が流入されてからです。画家の指示により指物師が木枠をつくり、仏師(仏像彫刻師)が彫刻し、塗師が漆塗り仕上げをしていました。

専門の額縁師としては明治25年(1892)、当時塗師であった長尾健吉がフランス帰りの洋画家山本芳翠の勧めで、芝愛宕町に小工場を建てたのが最初だといわれています。

額縁の業界では、絵画を額に入れることを「額装」(がくそう)と呼んでいます。画家が精根傾けて描いた作品を額で一層引き立たせたいという額縁師の心意気がうかがえる言葉です。

連絡先
産地組合名東京額縁工業協同組合
所在地〒111-0053 台東区浅草橋4−19−2 (有)額縁工房田島方
電話03(3851)9432
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