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28 東京彫金(とうきょうちょうきん)

28 東京彫金(とうきょうちょうきん)
主な製造地
台東区、文京区、足立区ほか
指定年月日
昭和63年7月29日
伝統的な技術・技法
  1. 地金取りは、地金に罫書きし、台切り鋏を用いる。
  2. 鈍(なま)しには、タヌキふいごを用い、地金が赤くなるまで焼き鈍し、軟化させる。
  3. 下絵書き・本図書きは、水洗いした地金に鉛筆で下絵を書き、その上から雁皮紙又は蝋紙を当て正確に書き写す。
  4. 彫刻には、その技法に相応しい鏨(たがね)を用い、手作業で行う。
  5. 仕上げには、名倉砥(なぐらとぎ)、重曹を用いる。
伝統的に使用されてきた原材料
金、銀、銅及びこれらの合金
沿革と特徴

金属工芸、とりわけ彫金の技法は古墳時代後期、渡来工人によって伝えられました。

今も残る冠帽や飾沓などの装身具、馬具などを見ると、この頃には毛彫や透彫などの基本的技術が定着していたようです。

平安時代も終わりに近づき武士階級が台頭すると、彫金は刀剣・甲冑・金具に装飾として施されることが多くなりました。室町時代に現れた後藤祐乗(ゆうじょう)は彫金中興の祖と呼ばれ、格式を重んじる作風が”家彫”として後世に残っています。

江戸時代、太平の世が続くと刀剣は実用品から意匠の面白さを競う鑑賞本位のものへと変化し、この時期、多くの彫金職人が現れ、精密な小型の彫刻製作の技術が完成しました。

後期には、公家出身の横谷宗a(よこやそうみん)が墨絵の筆勢をそのまま鏨で表現した片切(かたきり)彫刻の技法を生み出し、その斬新な作風は宗a自身が武家よりも町民たちとの交わりを好み、野にあって腕をふるったことから、京都風の”家彫”に対して、”町彫”と呼ばれました。

これは刀剣ばかりではなく煙管や根付けにも用いられ、新しい流行を生み出しました。明治維新の廃刀令で彫金の仕事は少なくなりました。

しかし、従来の技術を応用して新時代の生活に合った作品づくりに転換し、政府の産業振興政策もあり、ドイツ・ニュールンベルグ金工万国博覧会(1885)に出品された作品は好評を博しました。

金属の加工方法は、大きく鍛金・鋳金・彫金に分けられますがこのうち彫金は金属加工の総仕上げともいえます。江戸時代に生まれた”町彫”の技法を今に伝える東京彫金は、鏨ひとつで丹念に彫り、様々な模様を描き出し、さらに独特な着色方法とあいまって、洗練された味わいを持つ作品が誕生します。

連絡先
産地組合名日本彫金会
所在地〒177-0032 練馬区谷原3-15-4
電話03(3381)9859
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