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36 江戸木版画(えどもくはんが)

36 江戸木版画(えどもくはんが)
主な製造地
台東区、荒川区、文京区ほか
指定年月日
平成5年12月17日
平成19年3月9日(国)
伝統的な技術・技法
  1. 絵師(絵を描く)
    原画すなわち版下は白描の粗画で墨一色であるが出来上がった校合摺りにより色を差していく。色差しは色ごとに校合摺りを使い、色の部分だけを薄朱で塗り描くことである。
  2. 彫り師(木版彫り)
    版下の貼り付けができ、彫る板を彫刻机にのせ、小刀を用いて絵の中心に近い内側から彫り、外側を後に切り廻し、最後は見当(けんとう)を刻す。色わけの版下は、校正摺りに施彩したものである。
  3. 摺り師(木版摺り)
    水に溶いた絵具を刷毛にて画面に塗り、紙の表面を下方に向けてその上に伏せて、ばれんという小具にて紙の背面より力を入れてこする。校正摺りで施彩した色板により、同様に色を重ねて摺る。
伝統的に使用されてきた原材料
版木(桜材)、和紙(主として楮を原料)、絵具顔料(墨、丹、黄、紅、草、紫、藍、薄紅、鼠)
沿革と特徴

わが国の木版画の歴史は極めて古く、およそ1200年前に木版を利用して衣服の文様をあらわした蛮絵が正倉院に所蔵されています。

またこの頃に百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)も木版で製作されています。

木版画が一般に普及しはじめたのは、江戸時代に入って菱川師宣が浮世絵を製作したときからで、この段階で、下絵を書く絵師、これを版木に彫る彫師、紙に摺る摺り師の分業体制が確立しました。

当時の版画は墨一色の簡単なものでしたが、その後、丹(朱色)を手で彩色する丹絵という方法が考案され、次第に複雑な色を着色するようになり、享保頃から漆絵あるいは紅絵(べにえ)と称する美しい手彩色版画が市場に売り出されました。

寛保末頃、紅と緑の2色で色を摺る方法が開発され、紅摺り絵といわれました。明和2年(1765)、鈴木春信によって錦絵という形式が開発され、従来2ないし3色であった色彩は10色以上となり、木版画の技術面は最高水準を極めました。

木版画の技術は、その後、歌麿や写楽の写実的で精緻な表現技法の確立に至って完成の域に達し、江戸時代末期の北斎、広重の風景画も木版画の色彩美を遺憾なく発揮しています。

浮世絵版画は、絵師、彫師、摺師が一体となってその美的表現を示すものです。絵師は原画を薄い和紙に墨一色で描き、彫師が原画を貼った板(通常桜材)に小刀で彫り(この場合、色板は一色につき一枚を必要とする)、摺師がばれんで紙の背面より力を入れてこすって仕上げます。

なお、現在一人ですべての工程を行う創作版画は伝統工芸に含まれていません。

連絡先
産地組合名東京伝統木版画工芸協同組合
所在地〒112-0005 文京区水道2−4−19
電話03(3830)6780
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